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NO11-2 ほほえみ丸に乗船して10年、港に着くのはいつ?

 被介護者 義母 91歳 要介護2 介護者 嫁 62歳 

今年の7月で「ほほえみ丸」に乗船して丸10年になります。
介護の荒波にさまよっていた私を、「ほほえみ丸」に乗せて頂いた頃を思い出します。
4月に「静岡県社会福祉協議会」の方から、7月に「平成23年度認知症介護実践研修」
の中で介護の体験談を話して下さい、との依頼がありました。
丁度ほほえみの会員として10年目、介護を始めて11年目なので振り返る良い時期かなと
受ける事にしました。

色々10年間の事を書き出すと、介護が何も分からず長男の嫁と言う重圧だけで、
主人の転勤を機に愛犬を連れて一人で平成12年に、先に三島へ来た事、
「ほほえみの会」に出会うまで、認知症の両親との暮らし、主人が早期退職をして
帰って来て介護を一緒に手伝ってくれた事、軍人上がりの父の介護は、足、腰が悪いので
良く転倒し、身体介護、漏便、失禁、認知症が進み暴言が有り、その時期は本当に辛く、
大変だった事を思い出します。

母が父と同時期にアルツハイマーにならなければ、こういう父を私と一緒に看て、
父を送り、そして母を私が看てと言う順だったら、違った介護が出来たでしょうが、
介護も何も出来ないのに口だけ挟むアルツハイマーの母、
もう家の中は大人4人で大騒ぎの毎日でした。

介護している私達がつぶれてしまいそうで、父に少し病院か施設で看てもらおうと、
兄弟で話し合い撰んだ「老人性認知症療養病棟」で、夜騒ぎ転倒して大腿骨頚部
骨折をして車イスになり、この父の受け入れ先を主人と探した事、
家にもう一人元気なアルツハイマーの母が居る事、私達が少し休みたいので
何処かで預かってもらえる所は無いかと、役所に行ったり色々回りましたが、
結局家族が居るからと断られた事、そしてある特養のロングショートが使える
ようになった事や、その後新しく出来た特養への入所の話しなどは「ほほえみ」で
教えて頂きました。

「ほほえみ」に入っていなかったら、この大変な時期をどうやって切り抜けたのか、
そして今どうなっているかと思うと本当に「ほほえみ」に入っていて良かったと思います。

父は16年3月に特養に入所しました。父が入所し普通は少し気が休まるでしょうが、
家には元気なアルツハイマーの母が居ます。
父が大変な時期に私が交通事故に合いムチ打ちで苦しんでいる時期も、
2Fに上がって来る母の足音を聞くたびに、ここから逃げ出したくなりました。
後で思うとその頃私は軽いうつ病になっていたと思います。

母は父が特養に入所してからグループホームへ入居するまでの一年半、
最初のうちは自分で台所もやっていましたが鍋を焦がしたり、
お金の管理が出来ないので、家の中の事は全部私がやるようにしました。
母は主婦をしているつもりですから色々トラブルが続き大変でした。

父と会わせる為に父の入所している特養へディに行ったり、ショートに行っても
父と会った事は全然覚えてない母を見ていると、ディとショートと家の間を行ったり、
来たりするよりも一つの所で母らしく落ち着いて生活出来る所はないかと考え、
まだ母の出来る事を引き出してくれる在宅介護の延長のグループホームへの入居を決め、
17年8月に入居しました。
母は主婦しかした事が無い人ですから、買い物台所仕事をホームの人と楽しそうにしていました。

父の時と違い母のホーム選びは母に合った所が選べて良かったです。
その頃の私の介護は母を病院へ受診に連れて行き、帰りは妹も呼び外食をし、
父の居る特養へ面会に行ったり役所の手続きをしていました。

特養に入所した父が17年暮れから風邪をひき食欲が無くなり一日ベットで
横になって居る事が多くなり「死にたい」と言うようになりました。
先生に老衰の症状が出ていると言われました。一日ベットで寝て居るのなら
「お婆さんの側で寝かせてあげたい」とホームの人にお願いしたら、
それを引き受けて頂きました。

普通特養に入所して食欲が無くなってきたら、病院へ入院して栄養の点滴をするでしょうが、
兄弟で延命治療よりお婆さんと穏かに暮させてあげたいと母の元への選択をしました。

18年3月特養から車イスで無表情のまま母の居るホームへ最後の引越しをしました。
父の体の具合が分かっていない母はスプーンで食べさせ、ガミガミ言うので父が
「うるさい」と大きな声を出していたそうです。
昨日までベッドで横になっていた人とは思えないほど父の表情も変わり、
妻の働きがけが夫をこんなに変えるのだと一緒にした事を本当に良かったと思います。

父が5月に入りベットで横になって居る事が多くなると、母は今までように文句を言わず、
心配そうに何時もベットの横にいたそうです。
そして5月19日に主人と妹と私でホームへ向かっている途中父は亡くなりました。
90歳でした。こんなに急にと信じられませんでした。
長年連れ添った女房に看取られ穏かに息を引き取ったそうです。
父と母が目と目を見つめ合い、手を握り合い父が母に「ありがとう」と言って
涙を流していたそうです。
とても認知症の夫婦とは思えなく、苦しむ事も無く穏かな最期だったそうです。

父の残り数年は私達子供が作ってしまったような気がしていつもこれで良かったのか
と思い出します。 でも最後2ヶ月一緒のホームで暮させた事は誰もが
「一緒にしてあげて良かったね」と言ってくれます。その言葉で少し楽になりました。

父の葬儀が終わり一年が過ぎた頃遺産分けの話が弟から出ました。
主人や妹の意見も聞かず弟の言う通りにしてあげ、ここ数年兄弟の付き合いは途絶えています。
両親の病院、特養、ホーム選びも賛成してくれ良き理解者で、一緒に介護をして来たのに残念です。

母はまだ自分が出来る事を引き出してくれる、グループホームへ入居して6年になります。
最初は自分が今何処で暮しているのか分からず、後追いをされ辛かったです。
ここ1,2年前からやはり認知症の順番通り、トイレの場所が分からなくなりました。
去年の秋肺炎で入院してから認知症が進んだ気がします。
ホームに顔を出しても一人言が多くニコニコして後追いが無くなりました。
早くこうなって欲しいと思いながら淋しい気がします。
毎週顔を出している主人の事はすぐ分かるそうです。
私はホームのスタッフと間違えられ話しをしている間に名前を思い出してくれます。
お爺さんの事も頭から抜けてしまったのか、話さなくなりました。

今介護申請の更新中で今度は、介護度が幾つになるだろうと思っています。
ホームのスタッフと一緒に野菜を刻んだり、テーブルふきなどは今でもしているそうです。
これから先もホームに居る母を見守っていきたいと思います。

10年を振り返り何も分からない手探りで、始めた介護の中でやはり
「ほほえみ」との出会いが一番心に残っています。
まだまだ介護は続きますが、私の10年の経験が、新しく「ほほえみ」を
頼ってきた方のお役にたてればと思います。

先生、ほほえみの皆さんこれからもよろしくお願いします。