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NO11-3 亡妻を想う

 被介護者 妻 82歳 要介護5 介護者 夫 82歳 

昨年(2010)6月8日に私達夫婦にとって、「波瀾万丈」の13年余りの認知症生活
(最後の約3年間は寝たっきりの要介護5でした)の末に、彼女は「急性心不全」で
82歳の人生に幕を下ろしました。
この1年は、月日が経つのが私にとって早かった感じがしました。
お陰様で一周忌法要も無事終わりました。

この1年落ち込む事も無く無事に日々を送ることが出来たのも
「ほほえみ」の皆さんの眼に見えない励ましで、私の心を支えて頂いたお蔭と
深く感謝致しております。
妻も天国で感謝している事と思います有り難う御座いました。

無知ほど 怖いものはない
私の場合ですが。
 平成9年3月頃に妻は「認知症」になりました。
それ以前にも今にして思えば 中核症状が表れていました。
其の時点で、私に今のように少しでも認知症に対する知識があれば
彼女の気持ち(中核症状)を理解してあげられていたし、彼女の気持ちも
落ち着いた精神状態で穏やかに生活が出来たと思います。
其の後の暴言、徘徊、暴力等の周辺症状も、もっと緩和出来たのではないかと、
今、深く反省しておりますが、「覆水盆に戻らず」です。 残念無念。

そして、頭の中が真っ白になるほどに狼狽する事も、
急性アルコール中毒で緊急入院する事も、
妻からの脱走を真剣に考える事も無かったと思います。
「無知」とは本当に恐ろしい事で、下手をすれば、
人生取り返しのつかない事態にまで突き進んでしまい兼ねません。

介護に100点満点はあり得ないと思います。合格点は人それぞれに異なると思います。         
さて、採点者はどこにいるのか。何処にもいません。
介護している者自身が、採点者だと思います。
私の「無知」の時点では採点のしょうがありませんでした。

この恐ろしい「無知」の落伍者だった私を救って頂いたのが「ほほえみ」でした。
木野先生始め、訪問看護の所長さん等介護の専門職の方、介護を終えられた先輩たち、
介護中の現役の先輩の体験、経験そして先を見越したアドバイス等には「目からウロコ」
そして各種情報を拝聴させて頂き、精神的にも身体的にも心が癒されました。

「ほほえみ」の会のお蔭で、どうやら点数がつけられる様になりました。
最後の頃には合格点を頂ける介護だったと自負しております。

 「ローマは1日して成らず」です。
この「成らず」を成る様にして頂いたのが「ほほえみ」の集まりでした。

介護を終えて

現在では、自分の時間を中心に動いております。
ナースコールが鳴っても、血圧は上がらないし、
「歯医者」の件で心を痛める事も無くなりました。
「タン取り物語」(タンの吸引)では血圧が上がりました。
口から管を入れていましたが、管をよく噛まれました。よほど苦しかったのだと思います。 
鼻から入れなさいとのアドバイスがありましたが、
私に勇気と度胸がなかった為についに最後まで出来ませんでした。

車椅子になった時、私としては「這えば立て、立ては歩め」の気持ちが強くありました。
何とかして、歩かせようとしていました。
その結果、無理をさせ左足の付け根を骨折させたのではないかと深く反省しております。
自分の都合のいい解釈をして、相手の気持ちを無視して「よかれ」と
思い行った行為が相手を傷つけ、恐怖感を植え付け、心を閉ざしてしまう結果になると思います。

「岡目八目」とはよく言ったもので、第三者の意見、経験などを素直に
受け入れる心を持つ事も介護する上で重要な一つの要素だと思います。

そのほか、いろいろあったわずらわしい事項からも解放されました。
今では自分の事だけ考えれば事が済む、「1人旅」を満喫しております。
でも、何となく、心の一角に穴が開いている感も拭え切れません。
何か、目標を無くした感じを「フト」した時に思います。

「万歩計」も1年前まで、ほぼ毎日施設の中を1万歩以上右往左往しながら
歩き回りっていましたが、現在では其の3分の1か4分の1に激減致しました。

 私は妻のお蔭で、パソコンなど、そして認知症等に関する勉強をさせて貰いました。
そして毎日1万歩余を歩かせて貰いました。
これらの事が現在の私の元気のみなもととなっているのかもしれません。

延命措置はどうすればいいのかも考えさせられた大きな問題点でした。
人口呼吸器の件などで、気が転倒している時には木野先生に立ち会って頂き
いろいろご指導頂きました。それ以上に、私は精神的安らぎを頂きました。
「認知症」になり、再起が不可能になった彼女に、「胃瘻」を約2年半行いました。
家族としては、意思表示が出来なくても一日でも長く生きていてくれれば、
それが家族の願望です。私もその一人でした。

でも、今振り返ってみると、ご本人さんは「痛い」「痒い」「つらい」等、
自分の思っている事も言えず、なすがままに人にすべてを委ねる日々が、
その人の尊厳を傷つけていなかったか、などが気になる今日この頃です。

これを参考にして、私は自分の最後の医療に付いて「終末期宣言書」なるものを
書いておこうと思っております。

OB一年生として想う事

現在、 ほほえみの会にOBとして出席させて頂いております。
現役の方のお話を聞きながら、私も介護時代を想いおこし、そんな時があった。
という思い出がよみがえってきて懐かしさを感じると同時に、
どうか相手の気持ちになって考えて下さいと心の中で叫ぶ時もあります。
ほほえみに出会えた方たちは幸運な方達だと思います。

巷では13年前の、私の様な「無知」の世界に溺れて
「アップ、アップ」している認知症の家族の方が多いと聞きます。

「愚痴」を言いましょう。「なみだ」を流しましょう。
「不平不満」をぶちまけましょう。それを必ず「ほほえみ」は受け止めてくれます。

 そして、質問し、自分に必要な情報を収集しそれを持ち帰って自分のものにする。
「自分を自分らしく生きる」即ち「いい人(いい嫁疲れ症候群等)」にならない。
いい人を辞めると楽になると思います。
心の安らぎ以上に、美しい足跡はないのですから。

介護の現役の人と介護を終わったOBとの間には、温度差があります。
この温度差を上手に活用して、介護生活を少しでもより良いものにする為の
参考にして頂きたいと思います。

 この歳になって、初めて「司会」をやらせて頂きました。
会の皆さんには話の途中で話を切ったり、忘れたり、順序を飛ばしたり等
気配りに欠け、大変「ご迷惑」をお掛けしてすいません。
この場を拝借して、お詫びいたします。
でも、寛大な皆さんに助けて頂き有り難うございます。

「司会」を遣らせて頂く様になってから、やたらとTVの司会者の行動が気になり、
その人を中心にTVを見る様になりました。
私にとっては、新たな宿題を頂いた気持ちです。
「ほほえみ」とは私にとっての永遠に研鑽の場です。

これからは、彼女のくれた時間をいかに有効に活用し、楽しく過ごすか
「1人旅」の美学を極めるのも、私の宿題の1つだと思っております。

 これからも、宜しくお願い致します。