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NO15-6『若年性認知症の妻を入所させるまでの夫の葛藤』

 要介護度3 被介護者 妻67歳  介護者 夫72歳


平成27年6月3日(水) 
特養施設の生活指導員よりユニット型個室が空いたと入所の確認の連絡有り。
返事は早くしてほしいとのことであった、一度断ったこともあり躊躇する。
なぜなら最近のお母さんの行動が落ち着いてきている。あまり悪態も言わず、
遠くにも行かず、おとなしくなってきた。
朝5時半に起き外へ出ようと、窓を開けたり、玄関をガタガタ遠慮ぎみに出たがっている。
最初は着替えさして出したが最近はズボンだけ着替えさして外出させている2~3分で帰って来る、
きっと家の前で周りを見て気が満足して、又家に入りすぐ出る、繰り返しを30分くらいしている。

 しかし問題はなにもない。月曜から土曜日まで8時30分~4時30分までデイサービスに行って
夜もおとなしい。とても穏やかな日が続いている。しかし近所に迷惑を掛けている。
私が家にいても、「お父さんがいない」と、道に出て歩いている人に尋ねおで、近所の人が家まで連れてきてくれると、「なんだお父さん家にいたんだ」と言う。
又電話でこどもから「お母さんがお父さんがいないと探しているよと」連絡してくることもある。
 しかし、ここにきて認知レベルの低速度が少し落ち着いたようなので、入所はまだ時期尚早では?
とも思った。

 一方では人の顔の認識が弱くなり、近所から居なくなればほっとする人もあると思うと、
空きベッドが出たこのチャンスをのがしたら当分入所は難しい状況でもあり、関係者、ケアマネ、
に相談し、熟慮のうえ近い将来を考えて家族(長女、長男)と話し合い入所を決断した。
 入所すると家の者ではなくなる、事実上の別れである。「ああお母さんは家のものではなくなる」、
又本人の気持ちを考えると、自分の気持ちが折れる。ショート(ショートの泊りは大嫌いでした)
でのお母さんの気持ちがよくよくわかるからだ・・・。

平成27年6月4日(木) 
お母さんデイに行く、特養に入所依頼の電話を掛ける。9時30分までに特養に来るよう言われる。
入所日は6月8日(月)午後三島市より清水町に住所変更等、準備におわれる。妻の姉に入所を伝える。

平成27年6月5日(金)晴れ
特養より2名でお母さんの面談に9時30分来る。お母さんは何かを感じたのか怒っている、
面談後デイには11時ごろ連れていく。そして清水町農協の口座開設手続に行く。  
4時30分に送ってきてくれたデイの木村さんが涙をながしてお母さんと抱き合って別れを惜しんでいた。 
 家に入ってから急に寂しさが込みこみ上げてきた。考えれば考えるほどせつなくなった。
残された日はもう無い夕方御殿川の土手を遠くまで散歩。
愛犬小麦の綱を持たせると、小麦がお母さんの言うことは聞かないので、
私が先に歩き小麦を誘導するとお母さんは「言うことを聞く様になった」と喜んでいた。

平成27年6月6日(土) 晴れ
朝一緒に6時ごろから散歩に行く。今日が最後のデイである、入所のことはお母さんには知らせてない。
とても言えない・・・・。
9時30分 長女と特養の部屋を確認に行く。部屋は明るく広く富士山がとてもきれいだ。
当面入所に必要な買い物に行く。ニトリで低いタンスを買う。ヨウカ堂で下着等を買う。
 夕方4時30分デイよりお母さんが帰ってきた、親友のIさんに会いに家まで行く。
Iさんと抱き合い別れをする・・・。家を出て2人で夕食に出かける。
お母さんが好きで一番多く外食した思い出のデニーズである。
お母さんはミニライス付海鮮うどんを食べる。夕食後親友のSさんに会い行き一緒に20時頃蛍を見に行く。帰りの田んぼの道路で蛙が大合唱していた、お母さんは「泣いて可哀想だ」と言ので、
「蛙さんがみんなで一緒に歌を歌っているんだよ」と言うと「ああ そう~」といって蛙の歌を
歌いだし喜んで帰ってきた。友達は別れを惜しんだがお母さんは気が付かない。
9時過ぎ家に着き、好きな歌、童謡など歌う。11時休む。

平成27年6月7日(日)晴れ
 最後の日だ。 朝5時30分起き散歩に行く一つ一つがお母さんにとっては最後だ。
 朝食は目玉焼きを一品増やした。2人で少しでも多くいるように、どこに行くにも一緒に行動する。
畑に行き、向山小学校に行き、古墳公園に行き、思い出の多い天泊神社にこれからの幸せをお願いする。
家の前、小麦と散歩の様子を写真に撮る、最後の買い物にスーパーマムに行く。
昼からは無くなる時間を惜しみながら昔の旅行の話をする。長男達が来てくれた。
アイスを食べながら喜んでいた。5時過ぎに帰る。
夕食はお母さんと一緒に畑に行きジャガイモを一株堀り心を込めてカレーを作る。
お母さんとの最後の食事だ・・・。刺身もだす・・。おやつには牛乳かんを美味しいといつて沢山食べた。アルバムを出しスイスの思い出、穂高岳の思い出など話す。
時間の流れが早い、話は尽きないが11時30分休む。

平成27年6月8日(月)晴れ
 私は夜中何度も起きる、お母さんはとても良い寝息でぐっすり休んでいた。
5時になっても寝ている5時30分便所に起きたが又すぐ寝てしまう。
6時に私と一緒に起きる、最後の散歩に土手を歩く。朝食はリンゴを増やす。
入所は10時なので時間がある。お母さんはデイに行くつもりで8時から外に出る。
家に入れハーモニカで「忘れな草をわたしに」を吹き、お母さんが歌い、最後に一緒に歌う
「別れても別れても心の奥でいつまでもいつまでも覚えておいてほしいから~」。
そしてコーヒを入れワッフルを食べた。家での最後の食べ物だ。美味しいと食べた。
玄関を出るとお母さんを見送るように、いつも大切に育ってきた庭の花が一斉に咲いていた。
赤、黄、薄紫、白いユリの花、赤、白色のサツキ、真紅のゼラニューム、ハーブの赤い花
一つ一つに綺麗だねと声を掛けてとても嬉しそうだった。
出発前に隣組を歩いて一周して9時15分家を出る。

途中長伏の杉山邸で庭の花を見て、綺麗だねと喜んでいた。
最後に大好きだった花を楽しみ奥様と笑顔で挨拶をして別れる。   
施設の建物が見えたら初めてなのに「ここは行かない」「私が一番嫌いな所だ」と怒りだす。

予想はしていたが想像以上に抵抗が強く困り果てる。
「私をこんなところに連れてきて、なんだね私はやだよ」
「あんたはなんだね許さないからね」「こんな変なところで」
「こんなベットなによ、ふざけないでよ」「さわらないで」
「さあ早く帰ろう」「いったいなんだと思っているの」
「こどもが待ってるから、早く」「おとうさん行こうよ、早く」・・・もういたたまれない。

人垣でお母さんと私をはなし直ぐにエレベーターの扉を閉じお母さんと別れる・・・。
その後12時まで施設で手続をする、14時に木野先生に紹介状を書いてもらい届ける。

ケアマネージャーの宮崎様に様子を伺うとベランダに出たり、
おやつを食べたり紅茶を少し甘くして飲み美味しいと言いながら食べ、飲み、
少し落ち着き便所も一緒に行き昼食は海老フライのおかずでご飯も完食したと話していた。
「おとうさんはどこに行ったと」、時たま言うが、落ち着いている様子。
泊りが続くと少し大変だと思う10日ぐらい離れないと落ち着かないと思うと話してくれた。


私の感じでは3日頑張ってくれればと思う。
お母さんはとにかく芯が強いから、いつ帰へれるかと我慢が出来なくならなければと心配だ。
私も今の介護はそれほど大変じゃない、お母さんも毎日穏やかに過ごしている。
いつの日だったか「お父さん2人でずっと一緒にいようね」と言っていた・・・。
今日から食事を作らなくてもよくなった。迎えの時間も無くなった。探しに行かなくてもよくなった。
「お母さんテレビ見る?」「寒くない?」「今日は天気だね」「デイはどうだった?」
すぐ良かったよと答えたよね。「遅いから布団で休みな」「小麦の散歩行く?」「畑に行く?」
「帽子をかぶりな」かぶらなくて何度も言ったね。
「体操しようよ」「テーブルを拭いて」「食事だよ」「歯を磨こう」「新聞とってきて」
もう言う人がいない。話す人がいない・・・。

お母さんごめんね。もう少し一緒にいたかったよ。お母さんもそうだと思うよ。
1.2ヶ月くらい早かったと思うけど元気な時に施設に慣れる事もよいことだと思うよ。
お母さんが慣れたら毎日会いに行くよ。早く慣れてね。
食事はお母さんの分も少し毎日用意するよ、一緒に食べようよ。
お母さん子供達も普通に育ってよかったね。

 お母さんと51年一緒だったんだよ、まあいい家庭だったね。
山登り、国内、国外旅行、山梨、長野、京都方面には山登りや花・お寺を見によく行ったよね。
国内は北海道から沖縄まで行ったよね。外国はスイス、イタリア、中国に行ったよね。
カローラの新車を初めて買い九州の弟のところに家族4人で遠くまで行ったよね。
疲れもなく大ドライブだったね、カーナビのない時でしたが、お母さんは目が良かったので
遠くから道路案内が見え道に迷うこともなかったね。
思い出はつきないけど槍が岳の登山は最高でした。
槍の頂で感激したね、特に大キレットの縦走は登山をする人の憧れでもあり、よい思い出でになったね。
これからも昔のことを思い出し、新しい思い出を作ろうね。
お父さんも頑張るから、お母さんも頑張ってね。今夜休まれるか最初の夜が少し心配だ。

平成27年6月9日 (火)雨 
 お母さんおはよう、きっとよく眠れなかったよね。
又朝早く目が覚めて自分がどこにいるのか戸惑っていると思うよ。
今日はお母さんのきらいな雨ですね、すこしゆっくりとしていてね。
周りの人は皆さん良い人だから大丈夫だよ。
大変だったらお父さんを大きな声で呼べば直ぐ行くから・・・。

9時に施設の宮崎様に状況確認を電話する。
「昨夜は夜中1時30分頃まで起きていた、椅子で眠くなったのでベットに寝かせるが
40分くらいで起きてきた。夕食は8分目食べた、他の利用者さんと仲良く話していた。
今日は特にも問題は無かった」との報告あり、少し安堵した。

気持ちは晴れないがハーモニカの練習日なので12時まで行く。
1時30分頃妻の姉に入所の報告に行く。夜お母さんの好きだった小物を用意する。

平成27年6月10日(水)晴れ
 今日は晴れてよかったね。昨夜はあんなことも、こんな事もやってやればよかった、
いなくって初めて気づく事が多く思いをめぐらしました。
これからは何でも聞いてやるからね、何でもいってね。
 8時50分施設の宮崎様より状況を電話で報告あり。
「夜は前日同様に寝れなく1時過ぎまで起きていて、寝るとまたすぐ起きてきた。
ベットが慣れなく、まだ環境の変化に戸惑っている様子だ。
犬の小麦のことを気にしている、一人で可哀想だと。
土手を犬が散歩しているのを見て『あ、小麦ちゃんだ』と。
又男の人が歩いていると、『あ、お父さんじゃない』と声を出しているので、
犬の写真と縫いぐるみがあったら持ってきてほしい」
と依頼される。

 9時30分お世話になったデイにお礼の挨拶に行く。
GさんとIさんに入所の文を見せた2名とも涙ぐんでしまった。
11時に施設に写真と縫いぐるみを持って行く。お母さんに会って行くようにと勧められ、ユニットに行く。
食事中であったがすぐ気づく、疲れているようで動きが悪い、
 非常にスローモーだ、睡眠不足の影響かも知れない。小麦の写真を見て皆に可愛いでしょと見せていた。縫いぐるみは可愛いと言って顔を近づけて話をしていた。Sさんからもらった手作りのバックも持っていく。ケアマネのMさんが欲しいと言うと「だめだけど造ってもらう様に言っておくよ」と笑っていた。
部屋から田植をした田んぼを見て綺麗だね、と嬉しそうに話した。
20分くらいで退室「後で来るからね」とそっと帰る。
ほぼ安定しているので民生委員の山本さんに住所変更の報告をする.

平成27年6月11日(木)曇り
 9時か特養のMさんより状況の報告あり、
「昨夜は10時頃休み5時過ぎまで寝た」とのこと、ほっとした。寝れないと体調を壊すからだ。
水をあまり飲まない様子なので、1時すぎに毎日飲んでいた特製ジュースを持って行く。
よく眠れたのか昨日より元気だった、美味しいと飲んだ、よかった。
1時間ぐらい居たが落ち着いていた。
しかし「もう帰ろうよ」「小麦が一人で可哀想だ」「子供(孫)が待っているから早く帰ろう」
と言い出した。まずいと思い、Mさんに来てもらい上手に席を離れる。
後の事が心配だが少しずつ落ち着いていくのではと思った。


木野理事長コメント:
60代で中等度の認知症の妻を1人で介護してきた夫が「要介護度3以上」のルール変更で急に入居許可が出て、“まだ早い“とためらっていたが、子供達二人に背中を押されて、迷いながら入所日を迎えた心の葛藤が<日記風>に綴られています。
ほほえみの会員さんの後押しも必要な迷いでしたが、入所により余裕をもって介護できることを体験として知っていくことを願っています。