hohoemi9-2 of 広小路クリニック



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NO9-2 母と妻と私 

 被介護者 義母 90歳  要介護5 介護者 嫁  感想文 介護者の夫  

毎朝6時に階下の部屋に行き、ベッドで眠る母の尿取りパットの交換をする。「今日はウンチが出てないかな。」とほんの少しバットの端をめくって確認する。 以前は確認をしないで母を一気に横向きにして便が流れ出し、シーツまで取り替える羽目になり苦労した。

私もそれなりに学習をして来たと思っている。 母は痰がよく出るため吸引が必要になる。昼間は妻に任せきりのため夜中の吸引ぐらいは私がやらねばと思い、朝までに2~3回は起きる。

母の「あ゛~~!」 という雄叫びに目を覚ましべッドに向かうと、母が口から泡をふいて溺れかけていることもあり、あわてて吸引を開始する。声が聞こえない時も「息をしているのかな」と心配になり確認に起きる。

イビキをかいて寝ている姿に安心する。夜中の目覚めがいつの頃からか習慣化してしまい、母がショートステイで居ない時でもふっと目が覚める。今はそれ程苦痛ではないが初めのうちは会社で居眠りが出た。

休みの日を除けば、私が母と関わっている時間は短く、しかも一般 的には「人が身体を休めて眠る時間」である。でも妻は人が動き始める朝から母の面 倒を見る。本来人間の身体が活発に動く時間帯であるから、母も「寝たきり」とは言え活動的になるだろう。

経管栄養、排泄、着替え、吸引、薬のこと、お風呂のこと、訪問介護のこと等々、そして洗濯、掃除、買い物、食事の支度と忙しい。私は家に帰って「おばあちゃんは今日はどうだった?」と聞くだけである。任せている安心感と少々の引け目を感じつつ母の顔を見る。

 母の異常行動が出始めた頃、日常生活に起きる「小さな大変さ」の積み重ねがどれだけの心労となるのかも考えず、ショートステイの段取りをする妻に「なんで家で面 倒が見られないんだ。」と文句をつけたことが思い出される。

妻は今でも時々そんな言動を取っていた私にチクリと一言を発することがある。もう腹は立たない。本当のことだから仕方が無いと思う。時々仕事関係の人付き合いの中でも「理解の無い夫の話」や「誤解の多い家族の話」を耳にすることがある。

冷静に見ることはなかなか出来ないと思うし、人から言われて理解出来ましたという人は少ないだろう。でも現実は段々わからせてくれる。 近頃、食事の時でも妻と私の会話は「今日は便がゆるかった。少し下剤が多いのかも知れない。」「腸ろうの管の取り付け口がゆるいから栄養剤が漏れてパジャマが汚れる。」と言ったことになっている。

母と息子であることは確かだが、母の介護をする妻の補助をする夫となっているようにも思える。 正直なところ母がショートステイや腸ロウのカテーテル交換で入院するとホットする。

  「母が可哀想だから、いつも自分のそばにおいて」と言ったある種の呪縛的観念みたいなものから徐々に開放されて来たのだろうか。それとも薄情になって来たのだろうか。時間の経過と共にそれ程拘泥しなくなった自分に気付く。

親子は両方とも歳を取り老人になり大人になる。そして更に歳を取り自分は老人になっていく。やはり見方捉え方は変わって来る。成長だと思いたい。妻は今、看護師のように母を介護している。その方が良い。私との意識の相違、しがらみの中での葛藤といろいろあったのだろうが挫けそうで挫けなかった。

母はそのお陰で生きてこれた。 寝たきりの母がいることを中心にした生活はあとどれ位続くか分からないが、疲れた妻の顔にならないように看護師補助としての仕事は継続して行っていく。とは言ってもそんなに力んでやっている訳ではない。母は今日も寝たきりで健康に過ごしている。