mongol of 広小路クリニック

モンゴルの大草原

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友人を訪ね、モンゴルへ

大相撲の横綱・朝青龍が巡業をさぼって故国へ帰りサッカーをしたことから2場所の出場停止処分を受け、マスコミが大騒ぎをしたため、一気にモンゴル共和国に日本人の注目が集まったが、その直前に私は1週間モンゴルを訪れていた。

モンゴル旅行の計画は1年以上前から心に決めていた。5年程前モンゴルから(現)国立静岡てんかん神経医療センターへ留学していた若い神経内科医のX君を自宅へホームステイさせたことが始まりで年1、2回自宅へ呼んだり名所旧跡へ案内したりしていた。一度帰国したが2年前再び日本の大学へ留学、私に連絡をして来た。彼は私に逢う度に「モンゴルへ遊びに来てください」と言っていたので、昨年正月明けに「今年は本当にそちらへ行くよ」と英語でメールを出したら、直ぐに「いつ来るのか、来るならナーダムの時期が良いが」と返信メールが届いた。それが、驚いたことに漢字の混ざった日本語のメールだった。これは2年間の留学の成果なので、私にとっては願ってもない僥倖だ。モンゴル行きはこれで確実となり『地球の歩き方』最新版を購入、度々日本語でメールの交換が始まった。

首都・ウランバートルへの直行便は水曜と土曜の2便しかないので、モンゴル最大のお祭り・ナーダムの期間を挟む日程は自ずと決まる。2007年7月7日(土)午後1:30成田発の国営ミヤット・モンゴル航空のビジネスクラスに乗り込んだ。隣の40代の男性に「モンゴルは何回も行っているのですか?」と話しかけてみた。「数えきれませんね。モンゴルに住んで居たこともありますよ」と来た。彼は皇太子がモンゴルを訪問するので接待プランや警備関係の指示を出す外務省の役人だった。5時間のフライト中4時間はおしゃべりができて退屈どころかかなりきわどい情報まで聞けて幸先の良い出足であった。皇太子殿下には恐竜の卵の化石を展示してある国立民族博物館で3メートルの真近で遭遇したが、日本では先ずあり得ないことで旅の思い出となった。(写真1)

モンゴル1.JPG写真1 国営ミヤット・モンゴル航空のビジネスクラスでドリンクサービスを受けている。5時間のフライト中、隣席の外交官とおしゃべりができて退屈なし。

首都 ウランバートルへ

モンゴル2.JPG写真1 ジンギスハーン国際空港。モンゴルの若き友人X君が出迎えてくれた。

夕方の6時半ジンギスハーン国際空港(写真2)に到着、X君が私を見つけてくれた。 予約したホテルに私を送ると1時間後に若い男性を連れて私を迎えに来た。弟のQ君でアメリカ系の自動車販売会社に勤めている。彼はモンゴル語の他中国語、ロシア語を話すが日本語はダメ、Nice to meet you.と英語で話さなければならない。しかしほとんど兄のX君が一緒のため、ややこしい話は兄が通訳してくれるので、全く問題なしだ。第1夜の夕食はファミリーレストランのような喧噪な店で、私は羊の肉料理とビールを注文した。チェックは弟のQ君がカードで支払ってくれたので、銀行へ寄ってもらい、モンゴルの通貨・トゥグリク(Tg)に両替をした。(10Tg=1円で換算しやすい)


大草原をドライブ

翌朝8時30分に兄弟二人が迎えに来た。弟Q君の運転するRV車(写真3)で私は右側から助手席によじ登った。

モンゴル3.jpg写真3 弟Q君がRV車でホテルへ迎えに来てくれた。左ハンドルなので右から助手席によじ登る。モンゴルでは4輪駆動車が必需品だ。それはその後直ぐに理解できた。

モンゴル4.JPG写真4 車で混雑しているウランバートル市内を抜けると1本道である。ひたすら西へ向かう片側1車線の国道である。1車線でも路肩が十分あるので対向車が来ても恐くない。もっとも対向車に出会うことは〜2時間に1回くらいと、市内の混雑とは天と地の違い。

荷物を後部座席に積む時見たら沢山のミネラルウオーター、リンゴ、菓子パンなど食料品が袋一杯詰めこまれていた。出発、朝のウランバートル市街を一気に駆け抜けると1本道を西へ西へとひた走る。(写真4)

モンゴル5.JPG写真5 車窓から<モンゴルの大草原>を見ながら西へ西へと走る。トイレ休憩を1〜2時間おきに取るがトイレは大自然そのものである。

道の両側は短い草が生えており、その向こうに小高い丘が続いている、これが「モンゴルの大草原」なのだとカラッとして心地よい空気を吸い込んでこれから始まる旅を想像した。ところが道路事情はかなり悪い。Q君の運転は巧みで、道路の穴を避けながら時速40〜45マイル(60〜70km/h)で走るのだが、穴を拾うとシートが飛び跳ねる。トイレ休憩を1時間から2時間おきに取ってくれるが、公衆トイレがあるはずもない。そもそも建物を見ないし、対向車もめったにない。男3人、てんでんの方向を向いて用を済ませるのだが、ガイドブックに「モンゴルを旅行する女性の方へ」と特別な記事を思い出していたら、X君がNature is toiletと笑っていた。(写真5)

一応舗装してある1本道(国道である)は突然工事中で行き止まる。「えー」と思ったのは私だけで他の二人は意に介さず、RV車は苦もなく横の草地へ降りるだけ、そこに道があるのだ。私は直ちに事態を理解して<現代のケモノ道>と命名した。車が通った所が<道>なのだ。たしかに緑の草地に白い筋が果てしなく続いている。そう言えば反対側にも1〜2筋白い<ケモノ道>が通っている。まれに対向車が来ると右側通行をお互いが守るので何も問題は起こらない。(写真6.7)

モンゴル6.JPG写真6 <現代のケモノ道>と私が名付けた草原の中にできた筋はタイヤが付けた道である。国道が突然工事中で途切れると道路から右側の草地に降りて走り続けることができる。

モンゴル7.JPG写真7 遊牧民が露天の店を開いている。覗いてみると、手製の仏像、ブローチ、イヤリングその他装飾品を並べて観光客を待っている。

ウランバートルの人は休日には<田舎>へ車で出かけどこでも好きなところへテントを張って、良い空気を吸うのだと教えてくれたが、ウランバートルの大気汚染は相当なものであり、弟Q君のところでも10ヶ月になる娘をサマーハウスにベビイシッターを付けて夏中預けてある。奥さんは働いているので、仕事が終わると授乳のためハウスへ行き泊まって来るのだと言って私はQ君のマンションに宿泊させてもらったが初日と最終日しか奥さんの顔を見ていない。

モンゴル8.JPG写真8 パヤンゴのツーリングキャンプは国道からオフロードに近い横道を40分ほど走り到着。田舎へ小旅行の初日はこのゲルホテルへ宿泊である。

モンゴル9.JPG写真9 ゲルホテルはベッドが二つ、中央に薪ストーブ、トイレ洗面はそれ専用のゲルがある。写真はレストランゲルでひときわ巨大で、中は広い。夕食も朝食もここへ来て摂る。ビールも飲める。

最初の宿泊地はパヤンゴビのツーリングキャンプで国道からほとんど<オフロード>というべき横道へ左折して40分くらいで到着した。約4時間の行程であった。ゲルホテル(写真8)に案内され一休みしたら、中央にある巨大なレストランゲル(写真9)で遅めの昼食を摂った。ランチの後はお昼寝、今回の旅では昼寝付きなのが何よりで兄弟の心使いが嬉しかった。